AIを美学する(1076)の表紙

AI を美学する (1076)(エーアイヲビガクスル)

なぜ人工知能は「不気味」なのか

AI・機械学習
著者:
吉岡 洋(ヨシオカ ヒロシ)
出版社:
平凡社
出版日:
2025年02月18日頃
ISBN:
9784582860764
シリーズ:
平凡社新書
在庫:
在庫あり
3(4 件 / 楽天ブックス)

なぜ注目されているか

総合1036 24 ランクダウン

書籍紹介

《概要》
なぜ私たちは AI の活躍を目にしたとき、楽しさばかりでなく「不気味さ」を感じてしまうのだろうか? 私たちにとって AI とは何なのだろうか? --AI と暮らすことが当たり前となった今、「 AI とは何か」を美学の視点から問いかける。

『 2001 年宇宙の旅』の HAL9000 、怪物フランケンシュタイン、映画の中のゾンビ、『火の鳥』のロボットたち……誰もがおなじみのフィクションに登場する「人間でない存在」から、「シンギュラリティ」や生成 AI を利用したアートまで、カント哲学や実存主義を手がかりに AI の「面白さ」を考える 1 冊。

「人は必要性や有用性だけから何か新しいものを作り出したりしない。面白いから作るのである。
人工知能の場合もこれと同じだ。多くの場合、 AI の有用性や効果ーーポジティブにせよネガティブにせよーーについての議論ばかりが目立って、その面白さ、「遊び」的な側面についてはあまり語られない。遊んでいる場合ではない、そんな気楽な話ではない、ということだろうか。しかし私はせっかく AI について本を書く機会をいただいたので、ここでは思い切り気楽に面白く語ってみようと思う。」

(第一章「幽霊はどこにいる」より)

《目次》
まえがき

第一章 幽霊 (ゴースト) はどこにいる --AI をめぐる、別な語り (ナラティブ)

第二章 私もロボット、なのか --本当は怖くないフランケンシュタイン

第三章 不気味の谷間の百合 --不気味の谷間の百合

第四章 実存は AI に先立つ --人工知能の哲学、ふたたび

第五章 現代のスフィンクス --人間とは何か?と AI は問う

あとがき

《著者紹介》
吉岡洋 (よしおか ひろし)

1956 年京都生まれ。京都大学文学部哲学科 (美学専攻) 、同大学大学院修了。情報科学芸術大学院大学 (IAMAS) 教授、京都大学大学院文学研究科教授、同大学こころの未来研究センター特定教授を経て、現在京都芸術大学文明哲学研究所教授。専門は美学・芸術学、情報文化論。著書に『〈思想〉の現在形──複雑系・電脳空間・アフォーダンス』 (講談社選書メチエ) 、『〈こころ〉とアーティフィシャル・マインド』 (共著、創元社) 、『情報と生命──脳・コンピュータ・宇宙』 (共著、新曜社) などがある。

まえがき

第一章 幽霊 (ゴースト) はどこにいる --AI をめぐる、別な語り (ナラティブ)

第二章 私もロボット、なのか --本当は怖くないフランケンシュタイン

第三章 不気味の谷間の百合 --不気味の谷間の百合

第四章 実存は AI に先立つ --人工知能の哲学、ふたたび

第五章 現代のスフィンクス --人間とは何か?と AI は問う

あとがき

技書の森解説

機械が絵を描き、音楽を作曲するとき、そこに「美」は宿るのか。本書は美学・芸術哲学を専門とする吉岡洋が、人工知能の創作行為に対して哲学の道具立てを当てる試みです。 AI が美的対象を生成できるかという問いを、技術的な仕組みの話ではなく、「鑑賞する側の人間がそこに何を見出すか」という美学の根本問題として扱います。

平凡社から刊行された本書は、機械学習の入門書でも画像生成ツールの解説書でもなく、人文科学の議論に正面から軸足を置いています。創造性とは何か、オリジナリティとは何か、作者の不在は作品の価値をどう変えるか。こうした問いは AI 以前から美学が扱ってきたものであり、本書はその蓄積を活かして AI 時代の芸術論を組み立てます。

エンジニアリング的な知識がなくても読み進められますが、哲学の用語や論証の密度はそれなりに高く、軽読みの入門書とは趣が異なります。 AI と芸術の関係を感覚論ではなく思考の枠組みとして整理したい人に向いた、人文系からの応答です。

関連記事

関連用語

共有:Xはてブ