現代暗号への招待の表紙

現代暗号への招待(ゲンダイ アンゴウ エノ ショウタイ)

セキュリティ
著者:
黒澤馨(クロサワ,カオル)
出版社:
サイエンス社
出版日:
2010年09月
ISBN:
9784781912622
シリーズ:
ライブラリ情報学コア・テキスト
在庫:
在庫あり
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技書の森解説

HTTPS で守られた通信も、パスワードの安全な保管も、足元では暗号理論が支えています。ただ、暗号を「秘密の文字置き換え」のイメージで捉えている人と、数学的な安全性の議論として捉えている人の間には深い溝があります。その溝を渡るための入り口として書かれたのが、黒澤馨氏による本書です。サイエンス社の大学向け叢書「ライブラリ情報学コア・テキスト」の一冊として 2010 年に刊行されました。

古典暗号と現代暗号を分ける発想の転換

シーザー暗号のような古典暗号は「仕組みを隠すこと」に頼っていましたが、現代暗号は正反対の前提に立ちます。方式は公開し、それでも「この問題を解くには現実的でない計算量が必要だ」という数学的な根拠で安全性を論じるのです。素因数分解の困難さに支えられた公開鍵暗号がその代表で、安全性を証明の対象として扱うこの発想の転換こそが、現代暗号を独立した学問分野にしました。書名の「招待」が示すとおり、本書はこの分野への入門的な位置づけの一冊で、暗号化という言葉の裏にある数理の世界へ最初の見取り図を与えることを狙った構えです。

大学の講義を想定した叢書の一冊という性格

サイエンス社は数理系の教科書・演習書を多く手がける版元で、本書が属するライブラリ情報学コア・テキストも、情報学の主要分野を大学の講義単位で押さえていく叢書です。独学者向けの読み物というより、腰を据えて式を追う教科書の系譜に連なります。 2010 年刊という時点には注意が要ります。計算量的安全性や公開鍵暗号といった理論の土台は古びにくい一方、その後に本格化した耐量子計算機暗号の標準化 (米国 NIST が 2016 年に公募を開始し 2024 年に最初の標準を発表) のような動きは、時期的に本書の射程の外です。基礎を固める本と、標準化の動向を追う情報源とは役割を分けて使うのが正しい付き合い方です。

向いている読者と前提知識

読み手に求められるのは、実装のスキルよりも数学的な議論を追う姿勢です。整数や確率の初歩的な素養がある情報系の学部生、そしてライブラリを呼び出すだけでなく「なぜこの方式は破られないと言えるのか」を原理から確かめたいエンジニアに向きます。逆に、 Web アプリケーションの防御を実務として身につけたい人には理論テキストは遠回りで、セキュリティ本の選び方 で扱っている実践寄りの本から入る方が早道です。

その上で、暗号を使う立場から暗号を説明できる立場へ進みたいなら、理論寄りのテキストを一度は通る必要があります。安全性を「なんとなく強そう」ではなく計算量の言葉で語れるようになることは、セキュリティ設計の議論で根拠を示せるということです。数式を恐れずに暗号の正体へ踏み込みたい読者にとって、大学叢書という手堅い枠組みで書かれた本書は信頼できる入り口です。

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