魔法の世紀(マホウ ノ セイキ)
その他- 著者:
- 落合陽一(オチアイ,ヨウイチ)
- 出版社:
- 第二次惑星開発委員会
- 出版日:
- 2015年11月
- ISBN:
- 9784905325055
- 在庫:
- 在庫あり
なぜ注目されているか
技書の森解説
コンピュータは長いあいだ、ディスプレイという平面の内側で映像を作り出す道具でした。『魔法の世紀』 (落合陽一 著、 PLANETS 、 2015 年 11 月刊) は、その前提が崩れ、コンピュータが画面の外へ出て物質の世界に直接働きかける時代をどう捉えるかを論じた一冊です。版元の紹介文は、画面によって人々が繋がる「映像の世紀」が終わり、「偏在するコンピュータが人と自然を取り持つ」時代が来ると要約しています。メディアアーティストとして知られる著者が PLANETS のメールマガジンで連載した文章に、大幅な加筆と編集を加えて単行本化したもので、国立国会図書館の書誌には同年 12 月付の第 2 版が登録されています。コードや実装手順は出てきません。技術書ではなく、コンピュータの歴史を素材にしたメディア論として読む本です。
「映像の世紀」から「魔法の世紀」へ、本書の中心となる見立て
本書の骨格は、 20 世紀を「映像の世紀」と名づけるところから始まります。映画からテレビ、そしてテレビのようなディスプレイを備えて普及したコンピュータまで、 20 世紀の表現と情動の主戦場は平面上のイメージでした。著者はその次に来る時代を「魔法の世紀」と呼びます。まえがきで引かれるアーサー・ C ・クラークの言葉「充分に発達した科学技術は、魔法と見分けがつかない」が示すとおり、ここでの魔法とは超自然の力ではなく、仕組みを意識させないまま環境に作動する計算機技術のことです。 3D プリンタのように物質そのものを複製・生成する技術を例に、イメージの中で起きていた出来事が物質の世界へ踏み出していく転換が描かれます。著者自身がまえがきで述べるように、本書は VR や AR が成立する以前のコンピュータの黎明期まで遡り、メディアがどう生まれてきたかを辿ることで、この転換を見通そうとします。技術と芸術を包括しつつどちらとも異なるメタな視点として、ラテン語の Ars に立ち返る議論も、著者の立場をよく表しています。
偏在するコンピュータという発想の系譜、ユビキタスから 3D プリンタまで
計算機が画面の外へ出るという発想自体は、 2015 年に突然現れたものではありません。 Ivan Sutherland は 1965 年の論考 The Ultimate Display で、計算機が物質の存在を制御する究極の表示装置を構想し、 Mark Weiser は 1991 年にユビキタスコンピューティングを提唱して、計算機が環境に溶け込んで意識されなくなる未来を描きました。マウスとウィンドウに代表される ユーザーインターフェース は、この系譜から見れば人と計算機の接点を平面に閉じ込めた過渡的な形態です。センサーと計算機があらゆるモノに埋め込まれる IoT の普及、空間に直接情報を重ねる AR 、立体物を出力する 3D プリンタは、いずれも接点を平面の外へ押し出す動きとして一本の線でつながります。本書の価値は、こうした個別の技術トレンドを寄せ集めるのではなく、映像から魔法へというメディア史の転換として一つの物語に束ね、しかもそれをアーティストとして自ら作品を作る立場から語る点にあります。著者がまえがきで挙げる 2015 年発表の作品『 Fairy Lights in Femtoseconds 』は、空中に輝点を生み出して触れられるようにした装置で、議論が机上の空論ではないことを示す実例になっています。
2015 年時点のメディア論として読む前提と注意
刊行された 2015 年は、深層学習が画像認識で人間の精度に迫り、民生用 VR ヘッドセットの製品版が出揃う直前という時期でした。そのため個別の技術動向についての記述は 2015 年時点のものとして読む必要があります。一方で本書の議論の重心は歴史と概念の側にあり、特定の製品やサービスの寿命に左右されにくい構成です。前提知識は、プログラミングやハードウェアの専門知識ではなく、抽象的な議論を追う読解の体力です。コンピュータの歴史や芸術史の固有名詞が多く出てくるため、それらを調べながら読む姿勢があると理解が深まります。逆に、明日の実装に使えるツールの解説や、事業計画に直結する具体的な施策を求める人には向きません。短時間で要点だけを拾いたい人にも、論考を順に追う本書の構造は合いにくいでしょう。
エンジニアと企画職、メディアアートを学ぶ人への効き目
元が取れるのは、日々の開発の先にあるこの技術は何を変えるのかという問いを、自分の言葉で語れるようになりたいエンジニアです。画面の中の体験を作る仕事をしている人ほど、その画面が歴史的にどう位置づけられ、次に何が起きうるのかを俯瞰する視点は武器になります。プロダクトの構想段階で技術の方向性を説明する必要がある企画職や、 HCI やメディアアートを学ぶ学生にとっても、 20 世紀の映像メディアと 21 世紀の計算機技術を連続した一つの流れとして捉えるための土台になります。著者が後に同じ版元から出した『デジタルネイチャー』へ進む前の出発点としても機能します。
技術の歴史を知ることは、次に何を作るべきかを考える材料になります。本書は、その材料を映像から魔法へという一貫した見立てで差し出す一冊です。コンピュータが画面の外へ出ていく時代に、自分の技術がどこへ向かうのかを考えたい人にとって、読む価値のある論考です。
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