行列解析から学ぶ 量子情報の数理の表紙

行列解析から学ぶ 量子情報の数理(ギョウレツカイセキカラマナブリョウシジョウホウノスウリ)

IT・数学
著者:
日合 文雄(ヒアイ フミオ)
出版社:
サイエンス社
出版日:
2023年01月24日
ISBN:
9784781915661
シリーズ:
SGCライブラリ 183
在庫:
在庫あり
0
上級者向け
数学量子情報科学行列解析量子エンタングルメント情報理論量子ダイバージェンス仮説検定量子通信符号化理論量子コンピューティング

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書籍紹介

本書では,量子情報の数学的基礎である行列解析からはじめて,量子情報の分野からいくつかの興味深い話題をとり上げて解説していく.数理的な側面も詳しく書かれた,量子情報を本格的に学びたい人には得難い一冊.
行列解析の準備/量子情報の基本事項/量子エンタングルメント/量子 f-ダイバージェンス/量子 Renyi ダイバージェンス/量子仮説検定/量子通信路符号化/いくつかの補遺

技書の森解説

量子情報理論の定理は、密度行列という正定値行列と、その上で定義されるエントロピーや距離の性質に還元できます。『行列解析から学ぶ 量子情報の数理』 (日合文雄 著、サイエンス社、 2023 年 1 月刊) は、その還元先である行列解析の道具を第 1 章で系統的に準備し、量子エンタングルメント、量子ダイバージェンス、量子仮説検定、量子通信路符号化という量子情報理論の主要な定理を証明付きで導く数理書です。 SGC ライブラリの 183 巻として刊行され、著者の肩書は版元表記で東北大学名誉教授、版元の難易度ラベルは上級です。版元の紹介文は、量子情報の数学的基礎である行列解析からはじめて、量子情報の分野からいくつかの興味深い話題をとり上げて解説する本だと位置づけています。

全 7 章と付録の構成、行列解析の準備から量子通信路符号化まで

構成は全 7 章と付録です。第 1 章「行列解析の準備」は、正写像と完全正写像、作用素単調関数と作用素凸関数、作用素結合と作用素パースペクティブ、行列のマジョリゼーション、ノルムとトレースの不等式を扱い、以後の章で使う道具を揃えます。第 2 章は量子系と状態とオブザーバブル、量子操作と量子情報路、 von Neumann エントロピーと相対エントロピー、フィデリティという量子情報の基本事項、第 3 章はセパラブル状態とエンタングル状態、エンタングルメント測度、 Bell の不等式です。第 4 章と第 5 章が本書の中心で、量子 f-ダイバージェンスを擬、標準、極大、測定の 4 種で、量子 R é nyi ダイバージェンスを標準、サンドイッチ、α-z 、測定の 4 種で整理します。第 6 章の量子仮説検定では対称的な検定の Chernoff 限界、非対称的な検定の Hoeffding 限界、量子 Stein の補題、強逆型の検定と逆型 Hoeffding 限界を証明し、第 7 章の量子通信路符号化では定義と主定理、達成可能性の証明、強逆定理へ到達します。付録には Legendre 変換、 Carath é odory の定理と関数の凸ルーフ、 Riesz-Thorin の定理、大偏差原理 (Cram é r の定理) 、 Minimax 定理など本文が依拠する補題がまとめられ、各章末の文献ノートから原論文へ辿れます。

行列解析が量子情報理論の言語になる読みどころ

有限次元の量子系では、状態はトレース 1 の半正定値行列、物理的に許される操作は完全正かつトレースを保つ写像、測定は POVM で表され、情報量はこれらの行列に関数を作用させた量として定義されます。そのため、行列に対する関数の単調性や凸性、つまり作用素単調関数と作用素凸関数の理論が、相対エントロピーの単調性 (データ処理不等式) やエントロピーの強劣加法性といった量子情報理論の基本定理を支えています。量子 R é nyi ダイバージェンスが古典の場合と違って一通りに定まらず、サンドイッチ型や α-z 型など複数の定義が並立するのも、非可換な行列の積の順序が本質的に効くからで、どの定義がどの操作的な意味を持つかは、量子仮説検定の誤り指数を通して初めて確定します。相対エントロピーに操作的な意味を与える量子 Stein の補題、 R é nyi ダイバージェンスと結びつく Hoeffding 限界や強逆指数、そして量子通信路の古典容量とその強逆定理は、 1990 年代から 2010 年代にかけて整備された量子情報理論の到達点です。本書はこの連鎖を、第 1 章で準備した不等式だけを使って途中を飛ばさずに証明するので、原論文では省かれがちな行列不等式の細部を読者が自分の手で確認できます。量子コンピュータ の実装や量子暗号の安全性証明を理論側から支える文献を読むとき、この種の証明を追える力が前提になります。

上級ラベルの前提知識と、量子計算の入門書ではない点

前提は学部レベルの線形代数 (固有値分解、スペクトル分解、テンソル積) と、凸解析および確率論の基礎です。対象は有限次元の行列なので無限次元の関数解析は必須ではありませんが、定義と証明を積み上げる数学書の読み方に慣れていることは求められます。大偏差原理や Minimax 定理は付録で補われるものの、それらを初めて学ぶ場としては簡潔です。一方で、本書は量子ビットの操作や量子アルゴリズム、量子回路のプログラミングを解説する本ではなく、量子コンピュータの仕組みを知りたい人や、ブラケット記法と物理的直感から量子力学に入門したい人には向きません。

元が取れるのは、作用素論や行列解析を専門にしていて量子情報理論に参入する入口を探している数学系の研究者と大学院生、量子暗号や量子通信の理論研究で相対エントロピーや R é nyi ダイバージェンスの性質を証明の中で使う必要のある情報系・物理系の大学院生、そして量子情報の総説や原論文で「よく知られた不等式」として引かれる行列不等式の出所を一度きちんと確認したい研究者です。読み終えると、量子ダイバージェンスの各定義の関係と、それが仮説検定や符号化定理でどう使われるかを証明の水準で説明できるようになります。量子情報理論を数学として本格的に学びたいなら、行列解析から一貫して書かれた本書は、腰を据えて取り組む価値のある一冊です。

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